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炎と花

とある国の西のはずれには「炎の部族」と呼ばれる人々が住んでいました。彼/彼女たちがその国に住む他の人々と明確に違うのは、炎を自分の手から<道具を使わずに>作り出せるところにあります。部族の中でも人によって作り出せる炎の大きさには違いがあって、ほんの親指くらいのささやかな炎をぽっと手のひらに作ってみせる者もいれば、その気になれば小さな町ひとつくらいはあっという間に消し飛ばせるほどの、半径数キロ・数十キロにもなる大きさの炎を生み出せる猛者も —ごく少数ではありますが— 存在しました。


炎は便利な道具である一方、あらゆるものを破壊する凶器にもなりうる という側面を持ちます。その性質ゆえ、炎の部族はどことなく他の国民からは恐れられる存在でありました。しかし、彼/彼女たちは基本的に穏やかで勤勉な民族でもあったため、多くの者は「どうすればその炎を国のために役立てる事ができるか」を考え、試行錯誤を繰り返しました。
やがてその力は、徐々にではありますが時間をかけ(炎の部族以外の国全体にも)夜になれば明るい光を灯し、凍える冬にも暖かい暖炉を供給するようになりました。人々は明るく暖かな新しい暮らしを喜びました。炎の部族も国の人々の役に立てたことを嬉しく、また誇らしく思うのでした。




事情が変わってきたのは、国の生活が便利になってから数十年経過した頃です。どういうわけか、国のあちこちで放火事件が起こるようになりました。明確な証拠はなかったのですが、真っ先に嫌疑は炎の部族に向けられることになります。炎の部族は身の潔白を懸命に主張しましたが、ついにそれが受け入れられることはありませんでした。そうです、ある事についてそれを「ある」と証明することよりも、「ない」と証明することの方がずっと難しいのです。そうして民は未知のもの/得体のしれない力を持つ者に恐怖心を抱き、排除したいという気持ちを抑える事ができなくなりました。まもなく、炎の部族は他の国民からあらゆる迫害を受ける事となります。


具体的にはこうです。民は武器を持って炎の部族の集落へ集結し、丸腰の炎の部族を武器で脅し、拘束しました。このときに驚いて少しでも抵抗したもの(それでも炎は使いませんでした、なぜなら集落の村長に「炎を、人を傷つける手段に使ってはならない」と固く言いつけられていたためです。)は、民の武器によりひどい怪我を負いました。炎の部族は監獄に入れられ、人々にあかりや暖炉の火を供給する労働を強いられる時間以外は、その監獄に押し込められる事となりました。


炎の部族に自由と尊厳は与えられませんでした。食事と水分は最低限、衣服はほとんど身につけていないも同然のボロきれ状態。読書や歌う事、からだを拭くことだって滅多に許されません。この事態に抗議をする者は、食事と水すら没収される始末でした。このような環境ですから、病気になり治療も受ける事ができぬまま、監獄の中で天に召される者も当然 —少なくない数— おりました。


炎の部族は悲しみました。潔白を証明する手段はありません、しかし自分たちは放火などといった下劣な行為に(つまり、「人の役に立つ」以外の行為に)力を使ったことなど、神に誓ってないのです。皆誇り高く気の優しい部族であり、これまでずっと村長の言いつけをきちんと守り、思いやりの心を持ち、真面目に暮らしてきたのです。しかし今の状況はどうでしょう。誠実に、善良な心を持ち、謙虚に生きてきた結果がこれなのでした。




強制労働が終わった深夜の薄暗くかび臭い監獄の中、炎の部族は幾度となく話し合いをかさねました。おおむね「もう我慢できない、これ以上仲間の犠牲を増やすことはできない。力を抑え続けこの場所にとどまる理由などないはずだ」という意見と「話し合いが必要だ、もう少し時間が必要なのだ。今はつらいが、辛抱強く話し合いを続けよう」という意見に分かれました。


「話し合いを続けよう」という意見を持ち続けている中のひとりに村長の息子がいました。彼は部族の中でもいっとう心優しく、真面目な人間でした。「でした」と申し上げたのは、まもなく彼も凄惨な拷問の末、その命を奪われたためです。今の環境に我慢できず、待遇を変えてもらえないか、と申し出た部族の女性のひとりが看守に乱暴されそうになったのを、彼がかばった事が原因でした。その事件をきっかけに炎の部族は、なにかの糸がふつりと切れたようになりました。尊厳や自由、そして多くの仲間を奪われ続けた彼/彼女らの悲しみを止めることは、もはや誰にもできませんでした。ちょうど彼らが身柄を拘束されてから3年の月日が流れ、間もなく祭りが始まる時期の話です。




この国では5年に1度、大きな祭りが開催されます。お祭りの最終日の夜、炎の民族によって作り出される色鮮やかな花火がいちばんの見どころでした。へえ、色鮮やか?と不思議に思いましたか。炎の部族が作り出す炎は赤一色のみではありません。もちろん、大きなものを作るためには特殊な訓練が必要とはなりますが、ごく一部の部族の人間は、生まれつき目が良く色彩感覚も優れており、それは色鮮やかな花火を創り出す事ができました。この年に開催された祭りで花火の役目を国王から仰せつかったのは、15歳、まだ瞳に幼さを残した少女でした。彼女と彼女の家族は生まれ持ったその能力ゆえ、監獄には入れられず、この数年間、祭りに備えた特別な訓練を重ねてきたのでした。


夕日が沈み、花火の時間になりました。少女は数回小さく深呼吸をすると、腕を心臓のあたりの高さでまっすぐ伸ばし、手のひらをそっと空に向けました。観衆は息を呑んでその瞬間を待ちわびます。やがて少女の手のひらにはまぶしい黄金色の、夕陽のような炎が生まれました。その光 —炎ですが— は、ゆっくりと空に向かって昇ってゆきます。夜だというのに、それは太陽のようにまぶしい光でした。


天高く昇ったその光のかたまりは、一瞬動きを止めたあとに、それまで開催された祭りの中でもいっとう大きく、色鮮やかで美しい花火に姿を変え、空中でだーんと大きな音を立ててはじけました。観衆はわっと歓声をあげ、拍手喝采しました。多くの観衆はその美しさに魅了され、ただ興奮し、見とれるばかりでした。しかしごく一部の観衆は“それ”に気づき、青ざめ(先ほど花火を待っていた時とは全く別の種類の)息を呑みました。いくつかの火花は東のはずれ---監獄の看守と家族が住む宿舎方面---に、すうっと吸いこまれていきます。それはまるで流れ星のように、ため息が出るほど美しいものでした。


次の瞬間、宿舎は火に包まれ、あっという間に燃やし尽くされました。それだけ少女の作り出す炎は色鮮やかで美しく、そして破壊力の強いものなのでした。彼女はこの数年間、その良い目でずっと、この国で何が起こっているのかを見続けていました。村長の言いつけを破ることは心が痛みましたが、ほかに良い方法を見つけることはできませんでした。

そうして少女は監獄にいる、炎の部族の生き残った仲間たちとともに、西のはずれの故郷に帰りました。もうこれ以上誰も傷つけるつもりはなく、戦うつもりもありませんでしたが、祭りのあとに焼け焦げの宿舎を見つけた民衆は激怒し、武器を手に取り、炎の部族たちを追いました。皆様ご想像の通り、その先に待ち受けるものは、ありとあらゆる種類の暴力の応酬・連鎖あるのみです。



(炎の部族にとっては、穏やかな日々などとうの昔に消し飛んでいたのですが)こうしてかの国に穏やかな日々がおとずれることは、再びありませんでした。血を血で洗う争いが長らく続いたあとに、最後の生き残りだった炎の部族の一人(それは、あの日の花火の少女でした)は自らの身を燃やし、国中を焼き尽くしました。そのようにして、この国の民は一人残らず燃えました。




もともとこの国は寒い国だったので、炎の部族が亡き後、徐々に国中は厚い氷に覆われてゆき、さらに長い年月が流れました。ある日、よその国からの旅人が通りかかりました。人気のない、なにもない土地ですから、旅人は深く帽子をかぶり、足早にこの場所を通り過ぎようとしました。ところが、少し急ぎすぎてしまったためか、旅人は雪と氷に足を取られ、滑って転びました。「いてて」腰をさすりながら起き上がろうとしたその時、自分の足元にある氷の下から人の顔がちらりと見えたものですから、旅人は小さく叫び声をあげ、あわてて雪をかきわけながら「おい」と氷の下に向けて数回声をかけました。返事はなく、微動だにしないその少女を見て、旅人は彼女が生きてはいないことに気がついたようでした。


旅人は彼女の姿を見つめました。長い間言葉に詰まったあと、全身をやけどしているように見えるその少女の頰を、分厚い氷ごしからそっと撫でるようにして「なにがあったかは知らないが、つらかったろうね」とつぶやきました。旅人は何度も氷を撫で、そのあと彼の目には涙がたまりましたが、こぼれ落ちはしませんでした。旅人が立ち上がりその場を去って間もなく、彼が撫でていた氷の場所から小さな芽が出たかと思うと、するすると葉や茎が伸び、やがて色鮮やかな花が一輪咲きました。どうやら旅人は、花の部族のひとりだったようです。それはまるで、少女がかつて作り出した花火のように美しい花でした。




もし、氷ばかりでなにもない国に、なぜか一輪だけ鮮やかな花が咲いている場所をあなたが見つけたとしたら、それがかつて彼女たちのいた国でまちがいないでしょう。





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悲しい気持ちの時は、円周率や二進数を眺めると気持ちが和らぐ中年女性
コメント (2)
人の世の争いを描いているのに、優しさや瑞々しい愁いを感じさせるのは進月さんの中から来るものなのでしょうね。
大晦日に、素敵な物語をありがとうございます。
全てを炎で焼き尽くしてしまった時には、『赤い蝋燭と人魚』のような胸がすうっと寒くなるような悲しみや痛みを感じましたが、ラストで一気に色を取り戻したような鮮やかさ、あたたかさを感じました。とても胸に残る良い作品ですね。
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