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朝、目覚めたら隣に知り合いの女性が眠っていた

朝、目が覚めたら隣に知り合いの女性が眠っていた。
名前は覚えていないけど、大学で見かけたことはある。その程度の関係だった。

「お、おい--」
僕はそこまで言いかけて、ふとまわりを見回し、そしてやっと思い出した。そうだ、彼女の部屋に入れた幸福感のまま寝ちゃったんだ、と。

昨夜の記憶をたぐり寄せる。

――――――――――

「眠りが浅いんだ」
少しの音でも目が覚めるし、と僕は言いながら、がやがやした居酒屋の中でビールを流しこんだ。

「そうなの?」
知り合いの女性は言う。

「なにか理由があるの」
彼女はこちらをじっと見つめて言った。
「悪夢を見る」
彼女があんまりまっすぐこっちを見るので、ぼくは一瞬目をそらしながら答える。彼女の目は、まあるく透きとおっていて、それはぼくになぜか懐かしい気持ちを呼び起こさせた。

「悪夢」
彼女は静かに復唱した。

「どんな?」


どんなって…
それは黒くて、大きくて、だんだんぼくに近づいてぼくを飲み込もうとする…

話している途中で、だんだん具合が悪くなってきて、ぼくの額からは冷や汗が流れてきた。


「一緒に寝ましょう」
彼女は、あっさりと、にこやかな表情でぼくに言う。

「えっ」
ぼくはびっくりして彼女を見た。


「なんだって?」
ぼくが聞き返すと、彼女は 人差し指をこめかみに軽く当てて、視線を一瞬上にうつすと、再びぼくを見つめ、


「わたしが一緒に寝たら、こわい夢を見ないようにできるかもしれない」
と言った。

―――――――――――


彼女の言う通り、本当にこの日、悪夢は見なかった。途中で目も覚めず、こんなに熟睡できたのはいつ以来だろう?


昨日初めて食事に行って、その日のうちに部屋にぼくを招いた彼女。

悪夢は見なかったが、そのかわりになんだかおかしな夢を一瞬見たような気がする、


………………


いつもぼくを追いかけて飲み込もうとするその黒いかたまりを長い爪で捕らえ、鋭い牙で噛みつき、咀嚼し飲み込む 生き物…


あれは何だったんだ?

…………………

鼻まできっちり布団をかぶって、まだ寝息を立てている彼女の柔らかい髪をそっと撫でると、ぼくは飲み物を探した。キッチンに紅茶の葉があったので入れることにした。

お湯を沸かし、紅茶を入れていると、彼女が起きてきた。
「良い香り」

「紅茶にミルクは入れる?」
ぼくがたずねると、彼女はにっこりと微笑みながらうなずいた。


彼女の口元を見てぼくは一瞬時間が止まったような感覚に陥る、

「ねえ、きみは何者なんだ?」


彼女は一瞬壁にかけてある鏡を見ると、そっと黒くなった口のまわりを拭って微笑んで言った、

「よく眠れたでしょう?」。

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