親愛なる深海の皆様

 


ご存知の通り我々深海魚は生まれつき体が赤いのですが、決して目立ちたくて故意にそういった外見にしているわけではありません。でもそれを知らない浅海の魚たちは好き勝手なことを口々に言います。

彼ら・彼女らは反社会的だ/秩序を乱す危険分子である/排除せねばならない、等…。悲しいことです。わたしが彼らに何をしたというのでしょう?わたしはただこの新しい土地で、平穏に暮らしてゆきたいだけなのです。それはあまりにも贅沢な望みだということなのでしょうか。


深海で長く続いた戦争により、我々は住む場所を失いました。戦いは大変厳しく熾烈を極めるものでした。多くの仲間が戦いによりその命を失いました。それは女子ども老魚も例外ではなく、兵士だけではなく多くの憐れな民間魚が争いの巻き添えを食らい、犠牲となり、深海の底は墓であふれかえりました。

不幸中の幸いと言うべきでしょうか、わたしの両親や祖父母は勉学に熱心な魚たちでしたので、わたしの教育に手をかけてくれました。わたしは家族の力添えで勉学に励み、知識を得たことにより深海を逃れ、深海以外の場所で学び、仕事を得る-つまり生きていく術を身につける事ができました。

命を落とした・あるいは深海に留まり厳しい生活を未だ強いられている多くの仲間たちのことを思えば、わたしの身の上は随分恵まれた方であると言えるのかもしれません、しかし、生き延びて暮らす浅海での差別的な扱いや好奇の目にはこれまで随分と悲しい思いをしてきたのも事実です。


ご存知の通り深海において赤は保護色です。深海に届く光は淡い青色であり、この光は赤色に吸収されると黒く見えます。従ってわたしのこの体が赤いのは生きるためにごく自然にそう進化しただけのことです。

わたしは父と母、また、祖父と祖母…愛する家族と先祖から代々受け継いだこの赤い身体を誇りに思っております。しかし浅海においてこの色は好まれません。彼らに言わせると赤は ”血の色・派手で下品・争いの象徴・卑しい色” なのだそうです。

深海ではごく自然だったこの色が、浅海では目立ちすぎます。わたしはこの外見を随分からかわれ、貶されました。石を投げられたこともありました。すれ違いざまに、見ず知らずの魚から(口に出すことも躊躇われるような)汚い言葉を投げつけられたこともあります。


わたしのことを傷つけた彼らに、いつか伝えたいと思っている事があります。石を投げつけられた時、それはわたしの頭に当たり血が流れ、大変痛い思いをしました。しかしそれと同じくらい、汚い言葉を投げつけられたときも ”心が ” 痛みました。身体の痛みも心の痛みも同等です。傷つける方は大したつもりじゃないのでしょう。しかし傷つけられ、痛みを与えられたものがその時の恐怖や悲しみや怒りを忘れることはありません。心の片隅でも良い、どうかその事実を留めておいてほしいのです。



もちろん浅海にきて辛い思いばかりをしてきたわけではありません。ここには心優しい魚たちもいます。石をぶつけられ流血していたわたしを治療し、「同じ浅海の魚として恥ずべきことだと思っている」と手当の際に俯いて唇を噛んだお医者さまや看護師だって、学生時代に仕送り前でお金がなく、ろくに食事を摂る事が出来なかったわたしに度々「余ってしまったから」と、暖かいスープやパンをお裾分けしてくださった近所のおばさまだって浅海の魚です。


これはあくまで持論ですが、魚は「プラスの出来事」より「マイナスの出来事」の方が強く記憶に残る生き物なのではないかと考えています。事件やゴシップ、なんにせよ良い知らせより悪い知らせの方が何倍も強く記憶に残るではありませんか?

それはやはり、生き物の本能として、生き延びるためにどうしても必要な能力なのかもしれません。命の危機を脱するために、マイナスの出来事をより敏感に察知し回避する。

しかしそれは悲しい事です。わたしの心と身体は恐怖や怒り・そして悲しみに支配されており、それらはわたしの意思でコントロールする事が出来ません。戦争により血を流して死んでいった仲間達、笑いながらわたしの体や心を傷つけた浅海魚たちの表情、その時の恐怖、怒り、悲しみの感情から逃れる事が出来ないのです。


わたしは深海が恋しい。懐かしい父と母、祖父母にもう一度会いたい。いつも心優しかった祖父母。今は一体どうしておられるのでしょう。報道によると祖父は戦況を悪化させた深海国家の大臣としての罪に問われ逮捕・投獄され、ほとんど魔女狩りのような裁判にかけられている最中だということです。

正当な裁判は到底行われないでしょう。死刑にならなければ御の字といったところでしょうか。いつの時代も、それぞれの民族を代表する魚たちが、有事の際はその罪を一手に引き受ける仕組みとなっているのです。裁判は形式上行われるだけのことで、その結果はすでに決まっているようなものです。

心優しかった祖父。もう一度、一目でも良いから会いたいという願いは叶うでしょうか。しかし、現在混乱を極めている深海へこちらから戻ることは、あまりにも危険であり困難です。



浅海で暮らし始めてからも、今も苦しみ、傷ついている深海の家族や仲間たちを忘れた事は1日たりともありません。わたしは遠く離れたこの地から毎日、海の神様へ、家族や仲間たちの無事を祈っています。日々の生活の中で、深海の仲間たちを助ける方法はないか、といつも考えます。

しかし今のわたしにはまだ多くの深海魚たちを救うだけの力はなく、非力です。どうかもう少し待っていてください。あともう少し−遠くない将来−1匹でも多くの仲間たちを救えるように、わたしは日々仕事と勉学に励み、最善を尽くすつもりです。




これは届くあてのない手紙のような日記です。親愛なる深海の皆様、いずれまたお便りします。



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進月

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