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晴れの日も雨の日も(メモ)

わたしは小学校高学年の時に一度転校をしている。新しい学校では転校初日、昼休みまでほとんど(相手から話しかけられて答える以外は)話すことができなかった。それで、昼休みになにをしていたかというと、校庭のすみっこでひたすらリフティングをしていた。

それしか出来ることが無かったからなのだけど、わたしがリフティングしているところを発見した男の子たちが、徐々にわたしのそばへ近づいてきた。

そのときどのくらいリフティングが続いたかは覚えていないけれど(たぶん、100回くらい?)ボールが地面に落ちてしまった瞬間、ああ!という声が周囲から聞こえ、「お前すげえな!」と男の子たちから声をかけられた。サッカーが好きな男の子たちとはその日のうちに仲良くなり、休み時間は一緒に校庭をかけずりまわって遊ぶようになった。


わたしは昔からあまり話す事が上手ではなかったけれど、あまり話さなくても良い手段で人と繋がりを作ってきたのだな、と、ふいに思い出した。サッカーはわたしに「男の子たちと一緒に、泥んこになって遊ぶ時間」を与えてくれた。

わたしはたいていMF(ミッドフィルダー)という、攻撃と守備両方をこなす、一番運動量の多いポジションについて校庭中を駆け回っていた。晴れの日も、雨の日も。


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「●(息子の名前)のママ、サッカー超うまいってほんと?」

試合と試合の合間の休憩時間に「●が言ってたんだけどさ」と、息子のチームメイトの男の子が遠慮がちに質問してきたので、いや、超ってほどじゃないよ、小学校の時少しやってただけ、とあわてて否定した(どうも息子はわたしの筋肉や運動能力の高さを誇らしく思っているらしく、たびたび周囲に話しているっぽい。例:「天空の城ラピュタ」の親方くらい筋肉がある、等。やめて...)。

「でも、こないだ◯(息子のチームのエース)をドリブルで抜いたんでしょう?」とチームメイトの男の子は言う。うん、それはそうだったねと返答すると、うわあすげえ、と畏敬の念を抱いた表情で見つめられた(子ども達の練習に飛び入り参加して、楽しくなってしまい、大人気なく本気でドリブルした中年女性はわたしです、ごめんね...)。


先日息子のサッカー大会の応援に行った。上級生のチームもいたので優勝は惜しくも逃したけれど、みんなで最後まであきらめずにがんばっていたし、チームメイト同士で励ましあって良い試合だったと思う。息子のポジションはMF。(偶然だけど、子どもの頃のわたしと同じポジションだった)

なんだか不思議な気持ちだった。ゴールを決めたり、勝利が決まって喜びを爆発させる瞬間にも、試合に負けて悔し泣きする姿にも、自分の子ども時代が重なる。

そうだった、わたしもかつてはこうやって、彼らと言葉を超えて喜びや悲しみを共有していたのだった。きっと息子もこれから友人たちと、様々な感情を共有して育っていくのだと思った。


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新しいことを始めるときはいつも怖い。

新年度に入ってから新しく始まったことがいくつかあって、毎日慌ただしく、怖がりながら/苦戦しながらもなんとか日々を過ごしている。無理にできないことを頑張るのではなく、(小学校時代の自分を思い出して)得意なことを活かし、少しずつ人と繋がっていけたら良いなと思う。

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進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

その他エッセイなど

つらつらと思ったことや感じたことを文章や写真に。
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