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つまり私たちが思う「つながり」とは、実際には脆く危ういもので成り立っている

某実名が基本のSNSで、大人になってから再び繋がった子ども時代の知人のアカウントが、ある日忽然と姿を消した。

ユーモアがあり頭が良く、いつも明るい(とわたしは認識していた)投稿をしていた彼女が突然消えた。彼女のアカウントページはもう既にない。彼女はわたしの投稿にたびたびコメントをしていたが、見直すと彼女のコメントのみ、やはり忽然と消えている。改めて自分の投稿を見直すと、かつては彼女に向けて返信していたコメントが、まるで透明人間に向けて発したコメントのようになっている。


一度は疎遠になっていた彼女と、成人してから某SNSを通じて繋がったときは嬉しく思った。インターネットってすごいなあ、こうやってまた人とつながることができるんだなあ、と思った。


しかしわたしは誤解していたように思う。この関係は、実際にはとても危ういものなのだ。相手のタップひとつの操作(あるいは、わたしのタップひとつの操作)であっという間に消える、それはとても儚い関係なのだ。だってわたしは彼女の電話番号を知らない。住所も知らない。たったボタンひとつの操作で、わたしは彼女との接点を一切断つことが可能なのだ。


つまり私が思う「つながり」とは、実際には脆く危ういもので成り立っているのだ。


だからわたしは人と新たに繋がりを持つとき、余計に細心の注意を払う。どうすれば彼/彼女と今後も繋がりを持つことができるのか。彼/彼女と信頼関係を保つことができるのか。だって細心の注意を払わないと「いつ会えなくなるか」わからないから。



「連絡が取れなくなった彼女」が今どうしているのか、わたしは確認する手段を持っていない。

元気に過ごしているのか。どうして忽然と姿を消したのか。



別に、詳しい経緯は聞かなくても良いと思っているし、聞きたいとも思っていない。ただ、無事に過ごしていてくれたら良いなと思う。







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進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

その他エッセイなど

つらつらと思ったことや感じたことを文章や写真に。

コメント3件

リアルなようで脆いつながりだというのは私にも経験があります。noteでもある日突然アカウントがなくなってしまう事もしばしば。。私がマルシェに出店し続けているのも、どこかで繋がりがなくなったとしてもここに来てくれればいつでも会えるよというメッセージも含んだ内容として投稿しているかもしれません^^;
まやひさん、おっしゃる通り、noteでも同じことは起こっていますね。人によっては「なぜアカウントが消えたのか」を把握している時もありますが、やはり少し寂しいですね。noteにいらっしゃる方々の場合、傾向として(少なくともわたしが関わっている方々は)真面目で、あまり器用ではない方が多いように思うので気になりますし、無事でいてくれたら良いなと願いますね。
なんか恐い。
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