恥ずかしい

恥ずかしい話

キリのいいところまで仕事を終わらせた後、一息つこうと休憩所へ行ってスマホを眺めると、前職のマネージャーから一斉メールが来ていた。台風で鉄道ダイヤが大変乱れているので、管理職以外のスタッフは無理に出社しなくても大丈夫、欠勤の連絡も今日は不要だ、というのがその内容の概要だった。

たぶんわたしのアドレスが登録から外れていなくて、たまたま送信されたのだろうけれど、途端に懐かしい気持ちでいっぱいになった。懐かしいとはいっても転職してまだたったの2ヶ月なのだけど、前職と現職では業務内容や男女比(前職男女比5:5、現職男女比9.5:1くらい?)や雰囲気など、違うところがとても多いので、時々すごく遠くへきてしまったような気分になるのだ。




「結局のところ、他者に優しくできる人は余裕のある人だけなのだ」と思っていた。2年前がんに罹り(紆余曲折はあったけれど)どうにか無事に治療が終わり、復職してしばらくの間、わたしはそういう考えに捉われていた。

がんの治療が無事に終わり復職してしばらくの間は、とても疲れやすい感覚が続いた。大雨や台風の直前など、気圧が急激に変化するときは手術のあとが痛み、病気になる前はサクサク進められた仕事に何倍も時間がかかってしまう。病気になる前は部署内で一番速くこなせた仕事が、全く思うようにいかない。悔しかった。

そういうとき、同じ部署内のうち何人かは、よくわたしを気にかけ、フォローしてくれた。


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正直にいうと、わたしはそういう人たちからの親切に対して「余裕のある人はいいよな」と、少しひねくれた気持ちを持っていた。予想以上に体力が落ちていて、日常生活を取り戻すことに手一杯で、わたしには余裕がなく、同じ部署内の親切な彼/彼女たちはそれを持っているように見えた。目には見えないハンデを負ってしまったような気がして、悔しかった。同じ部署の、健康に何の心配もなさそうな人たちが羨ましかった。わたしだって、病気になる前ならもっとスムーズに仕事ができたんだ。


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ある週末も、わたしはやはり体調が良くなかった。そこへ同じ部署の女性の上司がやってきて「あんまり良くない?」とわたしに声をかけた。「大丈夫です」と返事をしたが、彼女は「顔色あんまり良くないように見えるよ」と言い、「今、途中の仕事はどれくらいある?これとこれね、だいじょぶだいじょぶやっとくよ、しんどかったら無理しないで今日は帰りな」と笑顔でわたしの肩を優しく叩いた。

お礼を言って帰りの支度をしたけれどわたしは悔しかった。自分の身体が自分のものではないような感覚、どうがんばっても病気の前と同じ水準まで仕事をこなすことができない。みんな優しくしてくれたけれど、孤独だった。

そこへ「お疲れ、また来週ね」とさっきの上司が声をかけてきた。わたしは内心(またか。人を思いやれる余裕のある人は良いよね)と思いながら「はい、ありがとうございます」と曖昧に笑った。彼女はわたしの表情を少しの間じっと見つめ、一瞬ためらったあと「あのね、なんていうかわたしもさ、あなたと同じ病気だったんだよ」と言った。



「え」わたしは一瞬声に詰まった。そのあと情けない声でおろおろしながら「いつ?なんのガン?もう治ったんですか?」と上司に質問をした。

ここ、と上司はそっと胸をトントンと小さく叩き、「まだ完治じゃない(一般的に、がんは治療後いったん症状がおさまった状態が5年続けば完治と言われる)。治療してから2年経ったの」と、ひとつひとつの質問に答えた。


仕事が終わって帰宅する途中、上司の言葉を思い返していた。「2年」という数字の意味について考える。わたしがその時いた部署は新しくできたばかりで、発足して2年経つか経たないか、というところだった。上司はわたしより長くこの部署にいる(おそらく、発足当初のタイミングで在籍したのだと思う)。つまり、上司が復職したのは、がんの治療が終わってすぐの頃だということになる。

そんなふうには全く見えなかった。わたしはパートタイムだけれど上司は最初からずっとフルタイムで(時期によっては残業もあり)働いていた。わたしがそうだったので確信している、決して体調の良い日ばかりではなかったはずだ。けれど、上司は最初から皆に気を配っていたし、いつも穏やかな笑顔で、(少なくともわたしには)弱音を吐いたことが一度もなかった。「健康そのもの、何も問題のない人」に見えていたのだ、わたしには。

自分が恥ずかしく、帰宅中の道すがら泣きながら歩いた。外見ではそんな風には見えなくても、実際にどうなのかはわからない。人はそれぞれの痛みを持っている。自分自身にそういう痛みがあったのに、同じように他者にもそういう痛みがある、と、理屈ではわかっていたつもりだったのに、目の前にいるそのひとたちに、それぞれの痛みがあることに思い至らなかったのだ、わたしは。




「お互い、長生きしましょうね」最後の出勤日、上司に(他の人が聞き取れない位の音量に声を落として)言った。上司は間をおいて「できるかなあ」と少し困ったように笑った。「できますよ多分」と(特に根拠はないけれど)わたしが言うと、「来週病院行くの、今度の検査で異常がなかったら1年に1度に切り替わるんだよ」と上司がはにかんだような表情で言った。「1年...!そこまでいけば、だいぶ前進ですねえ、わたしはまだ2ヶ月に1度なので、そこを目指したいです」わたしが言うと、上司は「おたがいがんばろう」と言った。「色々と、助けてくれてありがとうございました」とわたしがお礼を述べると、上司は「わたしが好きでやってただけだから」と笑って答えた。



(他の人はわからないけれど、少なくともわたしは)生きていると恥ずかしい事だらけだ。どういうわけなのか、何歳になってもわからないこと/間違える事の連続だ。

でも、生きるのは(もちろん、辛い時もあるけれど)なんだか悪くないものだなと思う。きっとこれからも恥ずかしい思いをし続けるのだ。それでも、恥を抱えながらも生き続けたいと願う。皆それぞれの痛みを持っていて、それでもわたしに心を配ってくれた人たちがいた事、わたしと同じ痛みを持っている上司がいたこと、それから前職の最後の出勤のあとに、上司や同僚と抱擁を交わしたときの感触を忘れたくない、と思う。


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