見出し画像

それを触るためには

祖父の家には日本刀がありました。

奥の部屋にしまわれていたその刀は漫画や映画で見たままの姿形をしており、幼少期のわたしはそれにいたく憧れました。勿論誰かを斬ったり、傷つけたかったわけではありません。

わたしは子どもの頃、男の子と外で遊んでばかりいました。その遊びの中ではもちろん、チャンバラごっこもしました。その時に使うのはそのへんに落ちている木の枝か、あるいはおもちゃの刀です。しかし祖父の奥の部屋にあるそれはおもちゃではありません、本物の刀です。憧れました。さわってみたいと熱望しました。



ある日祖父宅で過ごしていたときに、たまたま誰もわたしのそばにおらず、日本刀の部屋に一人きりになったことがありました。わたしの視線は自然と刀へ向くことになります。そのとき、まず最初にわたしが思ったのは(さわってはいけない)ということだったので、おそらく普段から祖父や親戚からきちんと教えられていたのだと思います。



結論から言うとわたしは早い段階で誘惑に負け、飾られていた日本刀を手に取り、鞘を抜きました。手に取った瞬間に驚いたのは、刀がとても重かったことです。瞬間、マンガや映画の場面が頭に浮かびました。彼らは軽々とこれを振り回していたけども、どうやったらこれをあんなふうに動かすことができるの?と驚きました。振り回すなんてとんでもないことで、ふらふらと持ち上げるだけで精一杯でした。

(昔の武士は、訓練に訓練を重ね、あのような重い刀を使いこなせるようになったのだと思います。子どもや、よく使い方を知らないものが気軽にさわってはいけませんね)

次に鞘を抜きました。中からは、重く黒く光る刃先が現れました。「怖い」という気持ちと同じくらい「きれいだ」という気持ちがわき上がりました。そしてわたしがちょうどそう思った頃に、親戚が日本刀を持ち出しているわたしを発見し、絶叫しました(そら絶叫しますよね。ごめんなさい叔母)。

ひどく叱られることを覚悟していたのですが、不思議と怒られた記憶はないので、「危ないんだよ」と慌てて没収されたのみ、だったと思います。

それ以来、件の日本刀は倉庫にしまわれ、以後祖父の家において飾られることはありませんでした。彼(日本刀)には、申し訳ないことをしたなと思います。しかし、わたし以降にいとこ等の小さい子どもがどんどん生まれ、祖父宅にたくさんの子どもたちが出入りするようになったことを考えると、お蔵入りは仕方のないことだったと言えるでしょう。誰も怪我しなくて良かった(人ごとのように)。


刀以外にもこの世界には、使い方を誤ると人を傷つけたり、不利益をもたらすものが数多くあると日々感じます。ただ外側からみて格好良いから、だけではいけません。「それ」をさわるためには、正しい知識と訓練が必要です。「それ」は人を傷つける手段にもなり、人を守る手段にもなり得ます。(と、ここのところ毎日、自分自身に言い聞かせています。)


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

35

進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

その他エッセイなど

つらつらと思ったことや感じたことを文章や写真に。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。