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「脆い」に触れる

一時期よりはだいぶ平気になりましたが、わたしは先端の尖っているものが苦手です。お箸も傘も、尖っている方を向けられると叫びだしたい気持ちになります。その中でも最も苦手なものが刃物と注射です。



がんの治療で入院していた時に一日寝込んだ事がありました。点滴の注射がうまくいかなくて何度かやり直しになった事が原因でした。3度目までは平常心を保っていられたのですが、4度目で震えと吐き気を抑えることができず、そのまま寝込みました。

点滴の注射は、採血の時より太い針を使います。加えてわたしの血管は細く、針を刺す場所が見つかりにくいようなのでした。おまけにわたしの病気の性質上、様々な種類の薬や水分の点滴を何度もおこなう必要がありましたし、一度刺して日の浅い同じ場所には針を入れることができないらしく、どの看護師さんも、わたしの点滴をするとき、良い場所を見つけるのに苦労しているように見えました。



その日、3度目の点滴注射がうまくいかなかった瞬間に、なぜ注射が苦手なのかを徐々に思い出しました。わたしは、「自分の意思では拒否することのできない、体内に異物が侵入してくる感覚」がとても苦手で怖いのでした。続けて4度目の注射をしようとしたときには、「体内に異物が侵入してくる感覚」の原体験が鮮明に蘇ってきたので、もう平常心を保つことは難しくなっていました。座った姿勢を維持することができずに倒れ、そのまま一日寝込むことになりました。

しばらくすると別の看護師さんがやってきて、「ごめんなさい、なるべく一度で済ませるからね」と、点滴のやり直しを申し出ました。そのときわたしはつま先から頭まですっぽり布団をかぶっていたのですが、腕だけその看護師さんに差し出しました。宣言通り、今度は一度で注射がうまくいきました。点滴をしている方の腕だけ出して、あとは布団をかぶったまま身動きしませんでした。



時間になると食事が出されましたが、食欲がなく、口をつけることができませんでした。心配した看護師さんの一人が様子を伺いにきました。「進月さん」と遠慮がちな声がして、カーテンをそろそろと開ける音がしました。

彼女は看護師になって間もない若い女性でしたが、患者の様子を細やかに観察し、声をかける人でした。いつもニコニコしているので、つられてこちらも笑顔になってしまうような、そういう種類の女性です。こういう形でわたしが寝込むことはなかったので、きっと気にかかったのでしょう、わたしは声がけに返事をしませんでしたが、彼女は少しずつわたしに近づき、布団ごしに、わたしの背中のあたりにそっと触れました。

彼女が怖かったわけではありません。鮮明に蘇ってくる「体内に異物が侵入してくる感覚」の原体験をうまく追い払うことができなかっただけです。彼女がわたしの背中に触れた瞬間、わたしはびくっとなり、体が硬直しました。彼女はわたしから手を離し、しばらくの間(何かを言おうとしていたのかもしれません)じっとそこに立ちつくし、やがて何も言わずにそっとカーテンを閉じてわたしのベッドから離れていきました。


夜になり、ようやく気持ちが落ち着いてきたので、ベッドから起き上がり水分を摂りました。敷き布団も掛け布団も、シーツが汗で汚れてしまったので看護師さんに声をかけて、シーツを交換してもらうことになりました。看護師さんは非常に手際よく素早くシーツを交換します。わたしは枕をどけたり、いらないシーツを持ったりしながら、面倒をかけてしまったこと、迷惑をかけてしまったことを謝罪しました。彼女たちは笑顔で「気にしないで」と言いました。


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10代だった頃に、とある人の家へ遊びに行きました。わたしたちはお互いのことが好きだったと思います。その人は、ある瞬間、笑顔でわたしの髪の毛にほんの少し触れました。今言ったように、わたしはその人のことが好きでした。嫌いでそう反応したわけではありません、このときも同様に、鮮明に蘇ってくる「体内に異物が侵入してくる感覚」の原体験をうまく追い払うことができなかっただけです。わたしはびくっとなり、ほんの少し身体をうしろにずらしました。そのあとに、一瞬だけ相手の表情を伺いました。一連の反応は、相手を傷つけるのに十分だったようでした。

その後、相手がわたしに触れてくることはありませんでした。表面上はいつも通り、冗談を言って笑い合う。でも小さい透明な壁が生じました。わたしを傷つけないように注意深く相手が作った、ごく薄い、ほとんど目に見えない壁。その壁はわたしと相手のお互いを守りました。

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あの時の相手のリアクションと、今日の看護師さんのリアクションは少し似ていたな、と、汚したシーツを手渡しながらぼんやりと考えました。それは意図せず脆い部分に触れてしまったときの、衝撃を受けたような、傷ついたような、寂しいような、うまく説明することのできない感情です。



10代の頃の人とは後日談があって、わたしが本当に弱っているときに、一度だけ触れてくれたことがありました。たぶん、とても勇気が必要だったと思うのだけど、傷つくかもしれない怖さや透明の壁、を越えてもう一度近くにきてくれたこと、わたしに元気を分けてくれた事に感謝しています。脆い部分にそれ以上触れずにいてくれる事/敢えて触れてくれる事は同じくらい記憶に残り、つらいときのお守りのような役目を果たしてくれるのだなぁ、と感じます。彼女たちのような人間になれたら良いのだけど。



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進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

闘病マガジン

急きょ闘病をすることになったのでマガジンを作りました。困ったこと、知って助かったこと、思うことを書きます。
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