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名誉の戦死を遂げたと思え

友人がちょっと驚いたように「えっ?」と聞き返したので、わたしは「好きな人とは、結婚はもちろん付き合うこともできないから、それなら好きな人のいる世界に触れてみたいと思って、ITの勉強をひたすら続けたらいつの間にかこういう事になっていた」と、同じことをもう一度ゆっくり繰り返しました。

「ねえ、すごくない?」、未経験から独学で今の仕事に転職したことについて、ある時友人からそんなふうに言われたので、しばらく考え込んだあとに正直に出した返事が冒頭のフレーズでした。


友人はわたしに好きな人がいることを知っています。一度目と二度目の言葉を受け取り、反芻し、消化した友人は一呼吸置いて、いつもの優しい口調で「そうか」とだけ言いました。その話題はそんなに長く続かなかったと思うけれど、たしか「わたしも寝てる場合じゃないな、がんばらないと」と友人が言って、それから別の話題に移りました。(友人は子育てに追われており、ここのところ20時前には寝てしまう日が続いているのだといいます。でも未就学児のいる家の育児は激務だから、どうかしっかり寝てほしい...)




「会う日まで5週間+1日とすると36日でしょう?つまり三百十一万四百秒でしょう?それって長くない?」

好きな人と徐々に仲良くなってきたある日、次に会う日が待ち遠しくてそう言ったことがありました。そう話した直後に(以前、同じようなことを友達に言って怖がられたことがあるのだった)と思い出し「変なことを言ってごめん」と、あわてて謝りました。その人は少し間をおいて「そのうち三分の一くらいは睡眠、三分の一くらいは仕事だとすると、実際待つのは百三万六千八百秒くらいだよ」とこたえ、「この桁数だと長いのか短いのかいまいちわからないけど」とつけ加えたあとに笑いました。

その瞬間私は(あ、わたしこの人のことやっぱり好きだ)と思いました。ほとんど同時に(どうしてこの人なんだろう)という、喜びや諦めや嬉しさやかなしみの混ざった、よく分からないごちゃまぜの感情が頭の中でぐるぐるしました。

なぜそんな風に思ったのか、というと、その人がわたしのことを“同じ形で”好きになる可能性はとても(駝鳥が空を飛ぶくらいには)低い、という事が最初からわかっていたからです。好きな人はわたしに「友人として」気を許していて、いろんなことをオープンに話してくれました、その中には、恋愛感情があったらまず話さないであろう内容も含まれていました。

でも仕方がありません。誰かを好きになるというのは一種の風邪とか事故のようなもので、別の人を好きになった方が良いと客観的にはわかっていても、当面事態が収束するまではどうにもならないものです(もちろん、好きという気持ちをもつことと、実際どのような行動に移すのか、ということは全く別問題ですが)。


「あなたはこの本が好きだと思うよ」とその人が紹介する本は、ことごとく面白かった。そのうちのひとつは、和訳の本を読んだあとに、原書(英語)も買って辞書を引きながら何度も読みました。ここ数年で英語が読めるようになってきたのはそのためです。好きな人がくれたものを、一語一句取りこぼしたくありませんでした。

その人が教えてくれた本は、のちに色々な形でわたしを助けてくれました。それは、以前わたしが滞在していた女性を保護する施設や、がんの治療で入院していた病院、親友や親戚の存在に性質が似ていました。それは「かなしい時やこわい時に外界の刺激から身を守るためのバリア」のような役割を果たしました。ここ数年かなしいことが立て続けだったので、「バリアのようなもの」たちは命綱になりました。(なにが命綱になるかなんてわからないものだ、と思います。)


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話はすこし逸れますが、先日ご先祖様が夢に出てきたので「親族はバラバラになったし、好きな人にはふられたし友だちも少ないしどうしたら良いかわかんない」と泣きながら相談したところ「男が泣くな、好きな人は海外で名誉の戦死を遂げたと思え」「いいか今の勉強を頑張って続けろ」と、(前半けっこう雑に)励まされました。去年末お墓まいりに行ってご挨拶をしてきたので、助言を与えにきてくれたんでしょうか、よくわかんないけど。とりあえず”名誉の戦死”は私の中で今年暫定1位のパワーワードです。ヘッダーの画像は、ご先祖様からの助言をもらったときに浮かんだイメージです。


結局のところわたしの根底にあるのは「好きな人たちと間接的にでも良いので関わっていたい」という気持ちと、「新しいことを知りたいという好奇心に抗えない(好奇心が5歳児並のまま大人になってしまった)」という二本柱で、そこまで高い意識やビッグになりたい、という意欲を持っているわけではありません。

ただ好きなだけなんです、こういうことを続けるのが。たまたまきれいな蝶々(好きな人)が飛んでいたのでそれを追いかけて、その先にあった花畑(本)や海や山の美しい景色(勉強や仕事)をひたすら泳ぎ・登っていたら、いつの間にかそれが仕事に繋がっていただけなのです。

(上に挙げた「間接的にでも良いので関わっていたい好きな人たち」というのは、この記事で主に登場している「好きな人」の他に、以前介護の仕事で関わっていた支援が必要な人たちや、今は疎遠になっている友人や親戚、家族、そして昔わたしを助けてくれた人たちのことを含みます。わたしが彼/彼女たちに以前してあげられたことはあまりなかったけど、微力ながらあの人たちの生活を間接的に支えられるように、地道に仕事と勉強を続けていきたいと思います、ご先祖様の助言を取り入れて)


わたしの大切な人たちが、みんななるべく心おだやかに苦しいことが少なく過ごせますように.




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コメント5件

やはりな。そうなんですよ。我が分隊長殿は勇ましい。そして誇らしい。

あ。分隊長じゃなくて、進月さんでした。
長いなぁ。と思ったけど、進月さんの文章は読める。(中学2年から数字アレルギーではあるけれど)
えるじんさん 仲間がこんなところに...似た状況にいらっしゃるんですね(遠慮がちに柱の陰からハイタッチ)。
あぎさん わたし学生時代数学の点数は0〜80点と振れ幅が激しいので、どうでしょうね、そんなに得意な方ではないと思います(ちなみに0点は名前の書き忘れとかではないです)。たぶん読解力や推察力で補ってる感じです。

勇ましくあれるように、今年は殻を破って少しだけ外の世界でがんばってみようかなと思います。
僕は高校生のとき数学は0〜38点くらいでした。
地理と生物は高3後半はほぼ満点続きでしたが。
殻の破り方を知っているかどうかですよね。(好きなものだけの話ですが)
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