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人生とはカオスである

ここ数年(特に厳選するならここ1年)、人生がカオスなことになってきています。

空からは日々冷たい雨や針や雹や槍が降ってきて、そのおかげでわたしの家はガタガタに崩れかかっているのだけど、同時に素敵な花や本、飴やチョコレート、それから優しい子たちの涙や推定10トンのエメラルドが降ってきたりもするので、わたしの家はさらにガタガタになるのです。(要するにわたしの家は常にガタガタです。ありがとう世界。)

もし神様がいるのなら、もう少し手加減してくださっても良いのにと思います。今まで知らなかったことや経験しなかったことが連続して(良いことも、そうでないことも)起こるので、基本的に小心者のわたしは今のところ、せいぜい家の柱にしがみついて「外で一体何が起きているのか」を見守ることくらいしかできません。そして外の世界は目まぐるしく変化していくのです。



今日は病院で、がんの状態がどうなっているかの検査をする日でした。結果が出るのは来週ですが、ひとまず検査は大きなトラブルもなく無事に終わりました。

去年の夏頃から一体何度注射をしたのかカウントしていませんが、何度もこなしていくうちに注射について気づいたことがひとつあります。それは「体の力を抜いたほうが痛くない」ということです。注射をする瞬間にゆっくり息を吐くと良いみたいです。看護師さんも主治医も、「その瞬間」に声をかけてくださるので、そこでタイミングを合わせます。来週また採血があるので、この方式で乗り切ろうと思っています。

注射に限らず、物事って力を抜いたほうがうまくいくことが往々にしてありますよね。わかってはいるんですけど、大事な時に限って余計な力が入ってしまうんです。「お前は本番に弱い」って今までの人生の中で何回言われたでしょう...。(今度から人生においての重要な局面にぶつかったら、「注射」って思うようにしようかな。)



お風呂上がりに洗面台で自分の体を見ると、わたしの胸には数センチの傷跡があることが確認できます。これは去年、がんの種類を特定するための検査でおこなった手術の跡です。先生はとても綺麗に傷の縫合をしてくださったのですが、その後抗がん剤治療をした際、副作用で一時的に治癒力が弱まり、ほとんどふさがっていた傷が一度開いてしまいました。

幸い化膿などはせず、時間をかけて傷口はふさがったのですが、そのため手術の傷跡は一直線ではなく少しいびつです。面白い形だね、と先日息子が言いました。「筋斗雲みたいな形に見える」と。(筋斗雲が身体にあるなんて悪くない、と思います。ドラゴンボール好きなので。)



わたしはこの傷跡をお守りのようだと思っています。これはわたしの命を助けようとしてくれた人がつけた傷である と。(そういう種類の傷跡をわたしは今まで持ったことがなかったので、どう表現したら良いのかわかりませんが、なんだか嬉しいのです。)

もちろんがんなんていうのは罹らないに越したことはない病気です。けれどわたしは、この病気になったことで、多くの人がわたしの命を助けるために手を貸してくれたことを忘れないでしょう。胸にしるしが残っていますからね、忘れようとしても忘れられないでしょう。




引き続き人生はカオスです。わたしの家があとどのくらい持つのかは予測できません。次に空から何が降ってくるのかも。しかし人生はそれほど悪くもありません。こちらからは以上です。明日(何が降ってくるかわかりませんからね...)に備えてそろそろ眠ろうかと思います。皆さまもどうぞ良い夢を。







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コメント2件

どうか良い夢を。優しいしんげっちゃんに、あったかい柔らかなお日様が降り注ぎますように✨
unimamさん、本日こちらは雪がちらほら舞っています!まだまだ春は遠そうです・・・。おかげさまであのあとはぐっすり眠れました。あったかいお日様が待ち遠しいです。
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