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都庁の見える窓

今の職場では、お昼の休憩室の窓から都庁が見える。雨が降っていると輪郭がぼやけてしまうのだけど、天気の良い日はくっきりと新宿方面のビル群を見渡すことができる。日によって同僚とお昼を食べに行くこともあるし、なんとなく都庁を眺めながら食事したいなと思う日は、お弁当を持参して休憩室でご飯を食べる。都庁をながめているとなんだかほっとするのだ。


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2年前がんの治療で入院していた時、わりと病院内のルールは自由だったので、PCや本をたくさん持ち込んで、漫画や絵を描いたり、読書や勉強をして過ごしていて、入院中に退屈することはさほどなかった。入退院を繰り返していた当時にヘッダー画像の絵を病院内で描いた。これは病棟の窓から見える夜明けの街の絵だ。

病棟では6時頃に起床で、それまでは夜間の定期見回りのみで静かだった病棟内が、検温や血圧測定が順番に始まるため、ほんの少し賑やかになる。自分の順番が回ってくるまでの間、気晴らしに廊下に出て、大きな窓の外を眺めることがあった。わたしはおおむね冬の時期に入院していたので、大抵外は晴れており、ヘッダーのような夜明けの空を眺めることができた。看護師さんと「きれいだねえ」と言い合ったりもした。病棟の窓からは都庁のビル群が見えた。


この絵を描き終わってから数日後、抗がん剤の副作用で脱毛が始まり、年末を迎える前にはすべての髪の毛がなくなった。寒かったので、姉から送ってもらった医療用の帽子は大変役に立った。裏地が地肌に優しい素材だったので頭皮のダメージは最小限だったと思う。


毎日ではなかったけれど、一日中点滴をしていないといけない日もあったので、そういうときは体の一部のように点滴スタンドを握りしめて、カラカラと院内を移動する。

点滴スタンドには上の画像のように真ん中に掴む部分があったので、売店へ散歩に出かけた時などは、そこに買ったものを載せたりしていてわりと便利だった。たまに上の(本来、点滴袋を下げるための)フック部分にも買い物袋を下げているときもあったので、ちょっとだけ不良患者だったかもしれない。でも、みんな優しかったので、主治医からも看護師からも、特に何か言われるということはなかった。


売店からの帰り道、手持ち無沙汰で窓の外を眺めることがあった。下に見えるのは、自転車で移動するママと小さい子ども、ゆっくり通り過ぎて行くバス、電話をしながら大股で歩くサラリーマン、小走りで信号をわたる看護師さん。皆忙しそうに、ガラスの向こうの世界で日常生活を送っているように見える。少し視線を上げると、新宿方面の都庁などのビル群。

ガラス一枚隔てた世界が、なんだかとても遠いもののように感じた。治療をがんばった先には、ガラスの向こうの人たちと同じように過ごせる日々があるのだろうか と考えたが、いまひとつイメージが湧かなかった。


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会社の休憩室で都庁をながめていると気持ちが落ちつく。この景色は、病棟で看護師さんや同じ部屋の人たちと、雑談をしながら眺めた場所と同じ景色だ。会社と病棟が重なるような不思議な感覚に陥る。同室のおば様たちや、看護師さんがすぐそばにいるような感覚だ。けれど居心地は悪くない。社会復帰できるかな、と実感がわかなかった日のわたしも、日常生活に追われてお昼時に一息ついているわたしも、同じわたしなのだ。




どうせ自宅の本棚の肥やしになっていたから、と上司が分厚い技術書を数冊、ポンとわたしのデスクに置いた。「え」「良いんでしょうか」わたしが驚いて戸惑いながらたずねると(技術書は高額なものが多いので)「どうぞ」と何でもないように上司は言った。日常業務を覚えたら、案件によって仕事をこなす速度はある程度コントロールできるから、余った時間は目指している試験の勉強に充ててもいいよ、とも。

病院でずっと勉強していた分野の本が、仕事と並行して学べるなんて、2年前にはほとんど想像もつかない世界だった。ちょっと泣きそうになったけれど、実際に泣きはせず、わたしは上司に「ありがとうございます、お借りします」と丁重にお礼を述べて、(書籍によっては細かく線が引かれている、上司が学んできた知識が集結されている)それらの本を大切に抱え、自分のデスクの引き出しにしまった。

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進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

闘病マガジン

急きょ闘病をすることになったのでマガジンを作りました。困ったこと、知って助かったこと、思うことを書きます。
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