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外の世界と閉鎖空間


わたしが今まで生きてきた中で、一番気持ちが安らぎ、ゆっくり心身を休ませることができたふたつの場所は、いずれも刃物の持ち込みが禁止の場所でした。



あくまでわたしの主観だけれど、分野は異なるふたつの施設はどことなく共通するところがあって、ある種、外の世界から一線を引いた場所で守られているような独特の空気がありました。

例えば、持ち込んだ薬の種類と数量は職員によって全て確認・管理され、服用の際は毎回立ち会う、というのも共通することのひとつでした。(もっともわたしの場合は、なぜか知らないけれど「この人はある程度まかせても大丈夫そう」と思われたのか、入所から数日で薬の管理は放任となりました。ちょっとさみしかった...。でも職員さんは他の人のケアで多忙なので)

さて、上記に挙げたふたつの場所ですが。これらのひとつが闘病(血液がん)の際に入院した病院です。そしてもうひとつが、様々な事情(家族からの暴力、貧困、人身売買etc.)のある女性を保護する施設です。


刃物や薬の管理がしっかりしている理由は、もしかすると想像がつく方がいらっしゃるかもしれませんが、いずれの施設でも人によってはそれを、命を終わらせる手段に使ってしまうことがあるためです。病院も保護施設も、そこにきた人たちの心身を守ることが目的ですから、リスクがある人たちは特に、慎重に見守られる事になります。


気持ちが安らぐ場所だと話しましたが、隠さずに言うと、そこは生と死の距離が「外の世界」と比べ、かなり近い場所でもありました。特に保護施設に関しては(わたしの周囲の安全を考え、以前の記事はほとんど削除してしまいましたが)あの場所であった人たちのことを忘れた日はありません。

握手やハグを交わしたり、お互い「大丈夫、がんばろう」と励まし合ったこと、食事を作ってくれていた栄養士の女性が「子どものことはね、お母さんが真っ先に信じてあげなくちゃ。大丈夫だよ、進月さんの子達はみんないい子だから」と伝えてくれたことも、

楽しいことばかりではありませんでしたが、それでも施設の職員さんと冗談を言い合って「進月さんっておかしい」と涙が出るまで笑わせ、謎の達成感を味わった日があったことも、

今後について、弁護士さんと施設の職員さん同席で話し合いをしているとき「つまり、進月さんが今までずっとひとりでその問題を抱え込んでいたのは、家族に心配をかけたくなかったからなのね?」と、苦しくてうつむいているわたしの背中を、肯定も否定もせず、そっとなでてくれた職員さんのことも。



ときどき帰りたくなります。

「外の世界」は色んなものが信じられないほどたくさんで、清澄も汚濁も善意も悪意も光も影もごちゃ混ぜで、おもちゃ箱をひっくり返したようにそれらはそこここに散らばっていて、刺激が強すぎて、時々ひどく疲れてしまいます。そういうとき、病院や施設に帰りたくなります。(もちろん、帰ることはできないのですが。わたしは今病気ではないし、誰かの暴力にさらされている訳でもないので。)



「外の世界」に戻って来てしばらくたったある日、「閉鎖病棟にいたんだ」と話す女の子と出会いました。彼女はとてもてきぱきと仕事をこなすタイプで、はにかんだように笑うときの表情が印象的な人でした。「わたしだって、ちゃんとやれるんだよってことを、家族に見せたいの」と彼女は言っていました。

彼女が家族とどんな衝突があったのか、わたしは知りません(向こうが話せば聞くけれど、あまりこちらから聞き出したりはしない)。少なくともわたしの目には、そのとき彼女は、自分自身の人生を謳歌しているように見えました。

彼女は今、どうしているのだろう。テキパキしていて、まわりによく気がつく分、繊細なところもある人だったので、「外の世界」は辛いことも多いかもしれません。彼女が今も「外の世界」にいるとしても、そうでなかったとしても、願わくば、彼女が穏やかな時間を過ごしていますように。







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