あちら側とこちら側

同じ人間でもあちら側とこちら側に住む人間がいる。そこには明確な壁があり超えることができない。その壁は透明なので普段は見えない。ある日衝突が生じて痛い思いをし、そこで初めて気がつくのだ。世界には壁がある。それも、複雑に入り組んだいくつもの壁である。


わたしたちはその壁にどう対処していけば良いのだろう。壁なんてない、人類は皆きょうだいなのだ、と、より近づけば良いだろうか?しかし、それでは真っ正面から壁にぶつかり大怪我をしてしまうだろう。最悪の場合は双方致命傷を負う可能性だってある。


一見同じように見えていても、そこにも細分化された壁がある。こちらの世界と同じ振る舞いでは通じない、あちらの世界があるのだ(逆も勿論)。


どうすれば良いのだろうと考えている。小さい頃からその存在にはなんとなく気がついていたけれど、ここ数年で新しい多くの壁を発見した。おまけにがんという大病を患ったことにより、さらに多くの壁を発見することになってしまった。




がんになった人とそうでない人との間には壁がある。


わたしは今まで漠然と(先のことはわからないけど、余程のことがなければわたしの人生は今後数十年続く可能性の方が高いはずだ)と思っていた。

がんになりその認識はあっけなく崩れ落ちた。タイムリミットは目前かもしれない、という事実をがんの告知によって突きつけられた。少なくとも、「治療をしなければこの先の命はない」ということだけは確実だった。がん患者とそうでない人との間には明確な壁がある。思いもよらないタイムリミットの可能性を目の当たりにした人間と、そうでない人間との壁だ。




闘病生活に入って知った。がん患者の中にも細分化された壁がある。がんには様々な種類がある。わたしが罹患したがん(悪性リンパ腫)のみに限定しても、数十もの種類に分かれておりその症状や治療法は様々だ。この病気により若くして亡くなった人もいれば、完治してその後数十年も元気に過ごしている人だっている。

その他のがんであればさらに数え切れないほどの種類が存在するし、ある程度治療方針が決まっている(つまり、完治する可能性が高い)がんもあれば、まだ明確には決まっていないものもある(医学の進歩によりこれから発見される可能性がある)。「がん患者」だからと言って同じ、では全くない。がん患者同士でも共感できる事とそうでない事がある と知った。


分かり合える/分かり合えている はずだ、という思い込みは時に人を傷つける。がんになったことで人間関係は変化し、決して少なくない数で、やむを得ず距離を置くことに決めた人たちがいる。あの人たちに悪気があったわけでも、思いやりが足りなかったわけでもない。ただ明確な壁があっただけなのだ。同じ人間で、同じ言語を話していても、明確に違う世界でお互い生息しているだけ。その違いについて詳細に説明する気力もなかった。


もちろん壁はがんに限ったことだけじゃない。この世界には透明な壁がおびただしい数存在している。わたしはこの壁越しで、身近に生息しているあの人たちとどう共存していけば良いのだろう。


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進月

悲しい気持ちの時は、二進数や円周率を眺めると気持ちが和らぐ中年女性

闘病マガジン

急きょ闘病をすることになったのでマガジンを作りました。困ったこと、知って助かったこと、思うことを書きます。

コメント2件

数年前、すい臓ガンの年上の友人がいました。病院に行ったら「誰にも言わないでくれ。誰も来なくていい」。壁の向こうでひっそりと終わらせなかったのかもしれません。そして終わった後のことを聞きそびれてしまいました。共通の友人に言っていいのか、このまま胸にしまい込むべきか。結局2人だけに話しましたが。悲しみを受け止められるのは2人が限界でしたから。
わたしも治療中お見舞いに来てもらったのはごく親しい人のみで、基本的には入院している場所は人に知らせませんでした。何というか、「壁の向こう側から何を言われても届かないこと」ってあるんですよね。理解し合おうとすることも勿論大切ですが、不要な衝突を避けるために、それぞれの壁との距離感を掴むことも同じくらい大切ではないかな と思います。
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