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棘が丸くなる瞬間

独身の頃働いていた職場の近所にはよく吠える犬がいた。ビーグル犬で、目がくりくりしたとても愛らしい子だが、彼は誰が通りかかっても猛烈に吠える。通りがかる人たちは迷惑そうに、あるいは諦めたような表情で通り過ぎていく。

ある日彼の表情を見ていて思った、「彼は怖がっているのではないかな?」と。

彼とコミュニケーションを取りたくなった。少し離れた場所から彼を見つめる。彼はすでにわたしの存在に気がついていて、わたしがどのような動きをするか、じっと見守っている。

「怖くないよ」
わたしは彼につぶやくようにそう伝え、姿勢を低くしてにっこり笑い、少しずつ、本当に少しずつ彼の家に近づいていった。ある瞬間に、ひどく緊張していた彼の様子が変化する。「お前は友だちなんだな!」といったような、ぱあっと明るい表情に。彼はしっぽを振る。ちぎれそうな勢いで。

そんな経緯で彼と友だちになった。彼はわたしには吠えなくなった。



先日職場で、ご高齢のお客様の応対をした。最初とてもトゲトゲしていたお客様が、だんだん警戒心を解いて最後は「話を聞いてくださってありがとう」と言った。高齢者の多くはある程度の資産を持っていてかつ詐欺に狙われやすいので、自分の身を守るために基本的にはとても疑り深い。


しかし、不安を解消できるようにこちらから丁寧に説明をすると、徐々に警戒心を解く。その過程がわたしはとても好きだ。相手の話を聞き、その話から相手がどんなことを考えているのか、何が不安なのか・何を求めているかを汲み取り、相手が安心できるような材料を引き出す。人によってはとても面倒に感じる作業かもしれない。でもわたしはこの作業が好きだ。


わたしは話をするのはあまり得意ではないけれど、結局のところ人と接することが好きだし、人の話を聞くのが楽しいのだと思う。そしてそれを楽しむことは、結果的に今の仕事にも前の仕事にも活かされてきた。おそらくその原点はビーグル犬の彼にあるのだと思う。「お前は友だちなんだな!」「敵じゃないんだな!」と、緊張を解く瞬間の相手の表情を見るのがとても好きなのだ。


「お体、お大事になさって下さい」「あなたもお仕事大変だろうけど頑張ってね、ありがとう」応対を終えた後、まわりの人が気づかない程度に、ほんの少しだけ涙が出た。去年まで働いていた職場にはもう戻れないだろう。でも、わたしはあの仕事が好きだった。


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(世代の違う人と話すと、自分の知らなかったことをたくさん知ることができて楽しい。彼らは警戒心が強い一方で、一度警戒心を解くと興味深い話をたくさん聞かせてくれる。昔の東京の街や人の様子、仕事のこと、経済のこと。それらは本にもインターネットにも載っていない、どきどきするような生の情報だ)



(ちなみに、「どう接してもどうにも対処できない人」というものは残念だけどごく少数一定数存在するので、「あ、この人あかんタイプのアレだわ」と感じたら距離を置くようにしている。)



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